今に伝える創業の心
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孤児の為に逝った石井に倣え。
石井記念愛染園イメージ
「孤児のため命を捨てて働かん永久の眠りの床につくまで」と誓った石井十次は、明治20年岡山に孤児院を設立した。熱心なキリスト教徒の彼は、神の命として、明治39年の東北地方凶作には千二百名もの孤児を収容。石井を心の師と仰ぎ、常識破りな活動にも私財での支援を惜しまなかったのが、第二代社長大原孫三郎だった。石井は明治42年に貧困家庭が多かった大阪に進出し、貧困層救済に着手したが、志半ばで世を去った。孫三郎は、その精神と事業を継承して、没後3年の大正6年に石井記念愛染園を創立。働く母のため乳児の託児所、幼稚園、学校、また保母養成所、救済事業研究室などで貧しい人々を教育・救護した。さらに、貧困の原因の多くが病気であるため、昭和12年には附属愛染橋病院を開院。無料・低額・完全看護で住民本位の「母と子の病院」を目指し、戦中、戦後を通じて新生児医療にも貢献。現在は隣保事業、介護事業を加えて、地域の医療福祉センターとしての役割を担う。基本理念である石井十次の「隣人愛」の精神は、質が高く温かい医療として、きょうも実践されている。
石井記念愛染園
石井記念愛染園-外観
大阪市にある愛染橋病院を核に、4つの保育園運営を中心とした隣保事業、特別養護老人ホーム運営を柱とした介護事業を展開する社会福祉法人。愛染橋病院は開設当時から地域医療・母子医療に力を入れ、現在では新生児集中治療室18床、母体胎児集中治療室9床を備えるなどし周産期医療の中核病院の一つとして活動中。石井記念愛染園 公式サイトへ

 
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